名脇役女優・池谷のぶえは結婚している?夫や子供は?若い頃は?

名バイプレーヤーとして知られている「池谷のぶえ」は若い頃に劇団を立ち上げて女優の道へ。現在50歳の彼女は結婚してる?夫や子供の情報は?池谷のぶえの意外な素顔や若い頃と比べて痩せた!という噂についてや、最近の池谷のぶえの出演作品3選も紹介します。

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目次
池谷のぶえのプロフィール
池谷のぶえは結婚している?夫は誰?
若い頃と比較すると痩せたと話題に!
池谷のぶえの意外な素顔とは?
池谷のぶえの最近の出演作品3選
名バイプレイヤー・池谷のぶえの活躍に注目
池谷のぶえのプロフィール
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本名(ふりがな/愛称):池谷のぶえ(いけたにのぶえ/)
所属事務所:ダックスープ
生年月日:1971年5月22日
現在年齢:50歳
出身地:茨城県
血液型:A型
身長:158cm
体重:非公開
活動内容:女優
家族構成:父 母 (兄弟は不明 現在は一人暮らし)
池谷のぶえ 公式サイト
池谷のぶえ Twitter
劇団「演劇弁当ニャ―」を立ち上げる
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池谷のぶえさんが女優デビューをしたのは1994年のこと。池谷のぶえさんが当時通っていた東洋大学の演劇研究会のメンバーと共に、劇団「演劇弁当猫ニャー」を旗揚げしたのがきっかけでした。その後、看板女優として活躍していた池谷のぶえさんは、2004年に解散するまで全部の公演に出演しています。

 

また、池谷のぶえさんは、1994年3月に社会学部応用社会学科マスコミ学専攻(現在の社会学部メディアコミュニケーション学科)を卒業しています。

 

 

テレビや映画に多々出演
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2004年に劇団解散後は、テレビ出演が増えっていった池谷のぶえさん。劇団解散前の2000年頃から舞台だけでなく映画やドラマなどへも主演するなど活動の幅を広げていきました。

 

池谷のぶえさんの出演作にはNHK連続テレビ小説「瞳」「ひよっこ」「半分、青い。」、テレビ朝日系のテレビドラマ「民王」「妖怪シェアハウス」テレビ東京系のテレビドラマ「浦安鉄筋家族」などがあります。

 

数々の作品に出演してきた池谷のぶえさんは現在、名脇役女優、ベテラン女優として人気となっています。

 

 

 

2021年第28回読売演劇大賞・優秀女優賞受賞
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2021年には舞台「獣道一直線!!!」に出演した池谷のぶえさん。この舞台は、全く面識のない3人の男性が殺害されることからストーリーが展開します。それぞれが無関係の事件と思われていましたが、数々の共通点が見つかっていくという物語です。

 

この作品への出演により池谷のぶえさんは第28回読売演劇大賞・優秀女優賞受賞。高い演技力を評価されています。

 

池谷のぶえは結婚している?夫は誰?
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テレビでは、優しいお母さんといった役柄も似合う池谷のぶえさんですが、プライベートでは結婚はしているのでしょうか?池谷のぶえさんの夫についてみていきましょう。

旦那や子供なしで現在も独身
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池谷のぶえさんは、2021年2月のインタビューにおいて独身であることを明かしていますので夫はいません。また、これまでの結婚歴もなく、子供もいません。池谷のぶえさんが独身を貫いてる理由の一つに、池谷のぶえさんの両親の仲があまり良くなく、喧嘩するところをたくさん見てきたので結婚に夢を抱けないという思いがあるのだそうです。

 

 

結婚願望がない?それともある?
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しかし、その反面、結婚することには憧れもあり人生のパートナーがいればさみしくないのでは?と感じているそうです。

 

池谷のぶえさんが、地元茨城の実家を出たのは28歳の時。この後は同じ場所に1人で住み続けていたということで長年1人暮らしをしていたことから、その寂しさは人一倍知っているのかもしれません。

 

 

2020年に東京へ引っ越し!
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茨城で一人暮らしをしていた池谷のぶえさんは、このままいくとまた20年はその部屋にいそうだと感じたようです。料理上手でも有名な池谷のぶえさんは、その料理の腕前を振るう場面がないこともさみしさを募らせた理由のよう。

 

「このままでは70歳までこの部屋に1人でいそう」と心配になったことで、一大決心をして2020年2月に東京に引っ越したということです。

 

2021年3月に開催された「週刊女性PRIM」のインタビューでは、コロナ禍が落ち着いたら、後輩の俳優仲間や演劇の仲間たちを呼んでホームパーティーを開き、自慢の手料理を振舞いたいと話ていました。

若い頃と比較すると痩せたと話題に!
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池谷のぶえさんというと、ふくよかな女性といった印象をお持ちの人も多いと思います。しかし、そんな池谷のぶえさんが若い頃から比べると痩せたという噂が。それは本当なのでしょうか。みていきましょう。

10年ほど前から痩せてきた
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若い頃からぽっちゃりした体型が印象的だつた池谷のぶえさん。そのため、”可愛らしくて気のいいおばちゃん”といったイメージが強くなっていたのですが、2010年頃から痩せたのではないか?と注目を浴び、Twitterなどで話題になっています。

 

実際に池谷のぶえさんの10年以上前の画像と現在の画像を見ると別人クラスに体型が変わっていて、ふくよかな池谷のぶえさんのイメージが強い人は、最近の池谷のぶえさんの画像を見ると一瞬誰だかわからないほどのようです。

 

 

ツイッターでも痩せたと報告
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外見からも痩せたことがわかりますが、自身のTwitterでも「痩せた」といったつぶやきが数回あったことから、痩せたことは確実である池谷のぶえさん。

 

2016年のつぶやきによると「1年前より体重が10kg減った」とのこと。アニメ・サザエさんの次週予告のような感じで「池谷のぶえダイエットに挑戦」「池谷のぶえ職質される」なとどつぶやいていたこともありました。

 

若い頃との比較画像をツイッターに投稿
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池谷のぶえさんは、2019年3月、自身の若い頃のプロフィール画像をTwitterに投稿しています。画像は年齢とともに掲載されていて、35歳、40歳、42歳、44歳、47歳と5枚の写真が投稿されている模様。

 

この画像をみても年々顔がすっきりしていることが明確で、一度42歳から44歳になる間に少し体重が戻ったのかな?といった印象を受けますが、47歳が5枚の写真の中でいちばんシャープな輪郭をしています。

食生活を気を付けている
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では、どうして池谷のぶえさんはこんなにもスッキリと痩せることができたのでしょうか?「太っていて楽しいことは一つもない」と感じた池谷のぶえさんは、商売道具でもある自身の姿がかわったら困るとも思いつつも、ダイエットを開始します。

 

ただ、ダイエットをして痩せるだけでなく、若い頃のように健康な体を手に入れるために頑張ったということで、食事は野菜中心にして湯舟にしっかりつかること、睡眠はしっかり6時間以上はとるなどと、生活習慣に気を付けたようです。

 

最近では小松菜のバナナのスムージーが毎朝の楽しみとなっているといいます。

 

 

池谷のぶえの意外な素顔とは?
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女優さんは役柄のイメージがつくことがあるので、実際の性格とは違うという人は多いようです。池谷のぶえさんもその中の1人で、次々に意外な性格が明らかになっています。池谷のぶえさんの意外な素顔についてみていきましょう。

事務職が好き
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演技に定評がある池谷のぶえさんですが、実は、事務職が好きだという一面があります。大学を卒業してからは劇団の活動をしながら37歳まで会社に就職していたという池谷のぶえさんは、事務の仕事を担当していたそうです。

 

そのため、コツコツとした仕事は慣れていて好きなため、女優の仕事をする機会が減れば事務の仕事をしたいと話しています。

人見知りで引っ込み思案
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役柄では明るく元気な女性を多く演じている池谷のぶえさん。しかし、実際には昔から人見知りで引っ込み思案な性格であるそうです。そのため、自分では芸能界に向いていないと感じているといいます。

 

ここまで続けてきて成功されているので、芸能界には向いていそうなイメージですが本人としては感じ方が違うようですね。

お笑い好きではない
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池谷のぶえさんのさらに意外な一面は、”お笑い好きではない”ということ。昔はナンセンスコメディーの劇団に所属していたり、コメディータッチの作品に多く出演しているため、周りにはお笑い好きだと思われているということですが、自分では、お笑い好きではないと感じているようです。

池谷のぶえの最近の出演作品3選
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これまで数々のドラマや映画に出演し、名バイプレイヤーの異名を持つ池谷のぶえさん。最近ではどんな作品に出演しているのでしょう。それでは最後に、池谷のぶえさんが最近出演した作品についてご紹介します。

ドラマ「妖怪シェアハウス」
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2020年8月1日から放送されたテレビ朝日系のドラマ「妖怪シェアハウス」に出演した池谷のぶえさん。このドラマにおいて池谷のぶえさんは、座敷童子の和良部詩子役を演じています。

 

座敷童子というと子供の幽霊ですが、池谷のぶえさんが子供の役をしているわけではなく、どうみても大人なのに自分のことを「わらし」と言い張る役柄のようで、シェアハウスの寮母さんとしても世話をやいている役どころです。

ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」
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新垣結衣さん主演のTBS系のドラマ「逃げるは恥だか役に立つスペシャル」にも出演していた池谷のぶえさん。このドラマでは、役の上で夫婦になった新垣結衣さんと星野源さんが実際に結婚したことで再び注目を集めているドラマです。

 

このドラマにおいて、池谷のぶえさんは新垣結衣さん演じるみくりの職場の同僚を演じ、良い雰囲気を醸し出していました。

劇場アニメ「100日間生きたワニ」
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2021年7月から上映されたアニメ映画「100日間生きたワニ」では、主人公のワニの母親の声を演じた池谷のぶえさん。

 

アニメ映画「100日間生きたワニ」は、Twitterで公開されて話題となった4コマ漫画「100日間生きたワニ」が原作で、後半ではワニの死から100日後のワニの友人たちの様子を描いたストーリーで、池谷のぶえさんが演じたワニの母は映画のオリジナルキャラとして注目されました。

名バイプレイヤー・池谷のぶえの活躍に注目
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大学を卒業してからは事務の仕事をしながら舞台女優として活動していた池谷のぶえさん。現在は結婚はしておらず、子供もいないようです。また、若い頃はふくよかなイメージがありましたが、健康面に気を遣い無理のないダイエットをしており、年々別人のように痩せているようですね。

 

ドラマや映画に華を添える名バイプレイヤーとして人気の池谷のぶえさん。今後はどんな作品に出演してくれるのでしょうか。池谷のぶえさんの今後の活躍に期待です。
穏やかに活躍する バイプレーヤー、池谷のぶえさん
池谷のぶえさんの学歴と出身校についてご案内します。

池谷のぶえさんは、今や各種のドラマ等でお見かけするベテラン女優さんです。
しかしご本人は、女優に向いていると思わなかったとか・・

「バイプレーヤー」という言葉には畏れ多い感じ、脇役と呼ばれるほうが落ちつくと答えていました。

茨城県取手市の出身で、地元の小学校・中学校を経て高校は東洋大付属の一つである東洋大学牛久高校に進みました。大学も東洋大学を卒業。おすすめのオンライン コース

東洋大学牛久高等学校 ⇒ 東洋大学

東洋大学では社会学部でした。

演劇は小学校からたまたま始めた様子。中学も高校も演劇部で、東洋大学でも演劇サークルで活動し、卒業した年に劇団「猫ニャー」を旗揚げし、看板女優として活躍してきました。

現在では劇団は解散し、しかし諸々の舞台で活躍し、テレビでも多様な演技を見せています。

池谷のぶえ(本名:池谷 伸枝)

生まれ:1971年5月22日
出身:茨城県取手市

1978年:(推定)小学校入学、7歳
1984年:(推定)中学校入学、13歳
1987年:(推定)東洋大学牛久高校入学、16歳
1990年:(推定)東洋大学入学、19歳

1994年:東洋大学卒業、劇団「猫ニャー」旗揚げ、23歳
1996年:『ポセイドンのララバイ』
2004年:『たびだち』園長
2008年:連続テレビ小説『瞳』、37歳
2012年:『ふがいない僕は空を見た』桜田幸子
2013年:『高梨さん』主演
2015年:『ソロモンの偽証 前篇・事件 / 後篇・裁判』浅井敏江、『民王』闇雲郁代

 

2017年:『DESTINY 鎌倉ものがたり』『ひよっこ』優子の義母 、『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』
2018年:『半分、青い。』木田原幸子 、『中学聖日記』粕谷真弓 役、47歳
2020年:『浅田家!』 姫野希美
2021年:『 バイプレイヤーズ 〜もしも100人の名脇役が映画を作ったら〜』本人役
2022年:『妖怪シェアハウス-白馬の王子様じゃないん怪』和良部詩子 / 座敷童子、51歳

2023年:『銀河鉄道の父』、『こむぎの満腹記』茶々店主、『コタツがない家』浅田町子
2024年:『52ヘルツのクジラたち』藤江 、『不適切にもほどがある!』九品仏人事部長、53歳

その他、出演など多数
*略歴は当サイト独自のまとめであり、公式発表ではありません。略歴中の学校関係などに添えた年齢は、およそ誕生日を迎えた時点での「◯歳」を示しています。

池谷のぶえさんの出身高校は東洋大学付属牛久高等学校
池谷のぶえさんはご本人のFacebookページによりますと出身地は茨城県の取手市。出身高校は東洋大学付属牛久高等学校であるとしています。

東洋大学付属牛久高等学校

 

 

所在地:茨城県牛久市柏田町1360−2
創立:1964年

茨城県の牛久市は県の南部にあり、たとえばJRの牛久駅からJR上野駅まで乗車すると56分というくらいの距離になります。

都内に通勤する市民もいますが、もともとの牛久沼などで知られる町で、つくば市よりは南部に位置します。

 

近隣で「東洋大牛久 とうようだいうしく」と呼ばれるこちらの高校は、2015年に「東洋大学附属牛久中学校」が開かれたばかり。池谷さんの当時は高校だけでした。

池谷さんは回想のなかで中学と高校と、演劇部だったことを語っていますが、中学からの持ち上がりではなく、高校に入って新たに演劇部を選んでいます。

 

【東洋大学牛久高校の大学進学実績】は、同校の公式サイトによりますと、以下となっています。2022年度入試(2021年度卒業生)の例となります。

国公立大学 22名
私立大学 861名

北海道大学 1名
筑波大学 2名
茨城大学 5名
防衛大学校 3名
早稲田大学 3名
東京理科大学 8名
立教大学 8名
法政大学 13名
東洋大学 270名  など多数(一部抜粋)

東洋大学が圧倒的に多いのは当然でしょうか。進学に力を入れる生徒は「特別進学コース」を選ぶことが多いようです。

同校はスポーツにも力を入れており、フリークライマーの野口啓代さんなど、諸々の分野のスポーツ選手を輩出しています。

ご本人の姿勢が万事に控えめだからかもしれませんが、池谷のぶえさんが東洋大牛久高校の出身者であることは意外と知られていないように見えます。

東洋大学の付属高校としては、東洋大学のメインキャンパスのある白山に「東洋大学京北中学高等学校」があり、また兵庫県には「東洋大学附属姫路中学校・高等学校」があります。

 

高校時代の池谷さんについて、2013年、もう10年以上前に池谷さんが書いたエッセイによると、こんな感じだったようです。

そう、高校受験不合格を親に告げた日、地獄と化した池谷家。
その夜、こんな地獄の中で、そこから先の人生を生きていくことにまるで希望を持てなくなった私は、この世から去ろうと思ったのである。

(http://blog.livedoor.jp/nikkann2-iketani/ より)
この部分だけ引用すると、ちょっとシリアスな場面ですが・・・

しかし前後を読むとそのころ、ご家族には深刻なトラブルがあったようですから「受験不合格」が、「こんな地獄」とイコールでもないようです。ご両親の不和や経済問題などもろもろ関連していた様子。

ともかく当時、中3の少女だった池谷さんは、「風邪を恐ろしいくらいにこじらせて」この世を去ろうと計画したようですが、妹さんへの思いもあり成し遂げなかった様子。(もちろん成し遂げられていたら、後年のファンが困ります)

前後が色々、ちょっと笑いと涙の交じるようなテキストでした。

(その後も池谷さんの、気負わずさらっと書いているテキストを数カ所、読ませていただいて、池谷さんの人柄が感じられてたいへん好感を持ちました)

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そして、詮索するようで申し訳ないのですが、ともかく高校受験において近隣の公立高校は不合格で、東洋大学牛久高校に進んだということではないでしょうか

 

 

関連してそのころ、卒業する中学校の演劇部のお別れ会を開き、みんなバラバラの高校生活になることが離れがたく、「劇団をつくって、時々公演をやろう!」と、いう話に。

これがのぶえさんの言葉を借りると「逃げ場所がひとつ、キープ」されたということ。 演劇が、子どものころから池谷さんの居場所だったことが分かります。

高校に入学してから、上記のページによると

さて、私立とはいいながらも、その当時の学校の雰囲気は質素ともいえるほど落ち着いており、地味な私にも異質感はなく溶け込めた。しかし、クラスの雰囲気がどうにもなじめなかった。

(同上)
その雰囲気とは、「あの先輩ってかっこいいよね」のような恋愛トークで盛り上がること。

そして「恋愛したとて、あんな地獄のような結婚生活が現実にあるかと思うと、夢も希望も持てないし・・」ということで、池谷さんは、一種のシェルター探しとして演劇部に入ることにしました。

東洋大学牛久高校の演劇部には当時、「夢の遊眠社」(野田秀樹氏主宰)が大好きな部長がいて、池谷さんは、夢の遊眠社「彗星の使者(ジークフリート)」のノストラダムス役を演じることになりました。

 

 

つまり高校時代、池谷さんは東洋大牛久高校演劇部のでの活動と、中学の時の演劇部メンバーで作った「劇団29」というグループの活動との2つを兼ねながら、精力的に活動してきた模様です。

池谷のぶえさんの出身地、茨城県取手市と出身小学校、出身中学校
池谷のぶえさんは、上記のようにFacebookに寄りますと茨城県の取手市出身ということです。
ただし出身小学校や出身中学校については今のところ、不明。

取手市内では近年、小・中学校の統合が多いそうなので、卒業した学校の名前が、現在は変わっている場合もありそうです。

取手市は、俳優の中川大志さんの出身地(育ったところ)でもあり、現在、さくらまやさんの居住地でもあります。

 

ところで上記の、高校時代について引用したテキストのタイトルは、「連載小説 / 贋作 女優 池谷のぶえ〜涙の数だけ愛を知る〜」でした。生まれたときから高校時代までの項目がありました。

幼稚園のころ、子ども同士のトラブルから、のぶえさんという自分の名前が嫌いになり、「自分とは別のものになりたい」という気持ちが湧いたという話は、なるほど・・でした。
女優さんにはそんな気持ちもあるのでしょうか。

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小学校時代、「お姉ちゃんかお兄ちゃんがほしい」と思った池谷さんは、小2のころ、お母さんに赤ちゃんができたということに、躁状態というくらいに喜びました。しかし、生まれてきたのはお姉ちゃんでもお兄ちゃんでもなく妹だった、ということにショックを受けたようです。

そんなこんなを超え、小4から演劇クラブに入り、小学校の高学年のときは割と元気になっていた様子。


しかし父親がいよいよギャンブルにハマり、ご両親の喧嘩が絶えず、あるときは首を絞められた母親が助けを求める壮絶な姿を見て・・もう、自分を助けてくれる存在はこの世にいない、という不安に襲われ、抜けきれなかったとのことです。

 

さらに中学に入り、仲の良い友だちに誘われて演劇部に入るものの、その友人はすぐ演劇部を辞めてしまいました。そこで池谷さんは、誘っておきながら取り残された部活を3年間全うしてやる、というばかりの意地で3年間、まったく休まずに部活を続けたそうです。

中2になる新入生歓迎公演にて、部活内のオーディションで、自分でも驚くくらいの怒鳴り声を出した池谷さんは「バイバイ!なっきー」という劇の主演に選ばれ、ますます演劇にハマっていきました。

(このあたり、すべて「連載小説 / 贋作 女優 池谷のぶえ〜涙の数だけ愛を知る〜」を参照させていただいています。そのままではありません)

 

ということで、学校名は分かりませんが、小学生、中学生のときの池谷のぶえさんは、ご家庭内の不穏から来る不安な気持ちを「演劇」という世界に、自分の居場所を見つけていたと言えそうです。

 

ここまでほとんど、上記の「連載小説/・・」を参照していますが、『とうもろこしとひよこと私ー池谷のぶえの 気づいたことを気づいたときに気づいただけ書くブログ』にても、のぶえさんのサラッとした文章を楽しめました。

大人になって帰省してお母さんがポテトサラダを大量に作っていてくれたり・・と、ほっこりしました。

池谷のぶえさんの出身大学は東洋大学
池谷のぶえさんは、東洋大学社会学部の応用社会学科を卒業しました。マスコミ学専攻。現在で言うと、社会学部のメディアコミュニケーション学科に該当。

略歴を振り返ると、現役の1990年に入学し、4年後の1994年に卒業したことが、東洋大学によるインタビュー記事にありました。

その略歴に以下の内容があります。

1994年に演劇サークル『昏々睡々』のメンバーとともに、劇団「猫ニャー」(のちに「演劇弁当猫ニャー」)を旗揚げ、2004年の最後の10周年解散公演まで看板俳優としてすべての公演に参加。

(https://www.toyo.ac.jp/link-toyo/culture/iketani_nobue/ より)
すなわち母校のメンバーと劇団を作って、その看板女優として活躍してきました。

 

東洋大学が「東洋大学」という名称になったのは1906年のことですが、創設時は、井上円了氏による「哲学館」でした。

おもな機能が都心の白山キャンパスに集まっています。学部の数は多く、また「食環境科学部」のような新しい名称の学部も目立ちます。

文学部
経済学部
経営学部
法学部
社会学部
理工学部
国際学部
国際観光学部
生命科学部
ライフデザイン学部
総合情報学部
食環境科学部
情報連携学部

近年の私立大学の傾向として第二部(夜間)を廃止・縮小の流れがありますが、東洋大学では現在もおもな学部に第二部が設置されています。

なお、東洋大学はキャンパスの都心回帰をいちはやく行ったとされています。しかし池谷さんが学生であった1990年〜1994年ころは、「社会学部」の学生は、最初の2年くらいは、埼玉県朝霞市の「朝霞キャンパス」に通学したと考えられます。

東洋大学

 

 

(井上円了記念館が映っています)

所在地:東京都文京区白山5-28-20

この地図の位置で記憶が重なる・・・と思ったら、東京03の角田晃広さんの小学校、「文京区立駒本小学校」でした。 都会ですから当然ながら・・

 

なお上記の東洋大学によるインタビューで、池谷のぶえさんが「『俳優になりたい!』と思ったこともなかったですし。流れにまかせていたら、ここまで来ていました」と語っているのは、やはり驚きました。

視聴者から見たら、もはやベテランの女優さんだからです。

大学に進んだことも「将来のイメージが漠然としていたから、もう少し考える時間がほしくて大学に進学しました」と、やはり控えめ。

そして卒業後に一旦は会社づとめをしていたとのこと。

都市計画を作る会社に就職しました。いろいろな町や村に行って住民アンケートをとって報告書にする仕事でしたが、これが私の大好きな集計作業で!学生時代に学んだ統計を活かせることもあって、すごく楽しかったです。

(同上)
なるほどです。そして・・・

そんな中で、演劇は私にとって慣れ親しんだ場所。今思えば、初めて社会に出て緊張していたので、ほっとできる場所を求めていたのかもしれません。会社と演劇の両方をやることで気持ちのバランスをとっていたのでしょう。

(同上)
やがて会社を辞め、演劇一本になっていった池谷さん。

 

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舞台での活躍を知らずに、ついついテレビで見かける女優さんと思ってしまったのですが、やはり舞台がホームということで「舞台に上がると、細胞が活性化するのがわかるんです。」とのこと。

このインタビュー(2019年)をたくさん引用させていただきましたが、取材した方の感想の「どんな質問にも一度ふわりと受け止める池谷さん。この懐の広さと柔軟性が、舞台でも活かされている気がします」というのが、とてもしっくりきました。

 

個人的には『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』の常連さんだと思っていました。事実そうなのですが、さらに幅広い活躍をされてます。

『ソロモンの偽証 』で、富田望生さんの母親役もふんわりしていて切なくて、印象深いものでした。

【池谷のぶえの「人生相談の館」】というページがあるのですが「むしろこっちが人生相談したい気持ち満々のコラム、「池谷のぶえの人生相談の館」です。」で始まるのが、たいへん微笑ましいです。お人柄が好きになりました。

 

池谷のぶえさんと峯村リエさんが似ていると、たびたび言われます。お二人は共演したりお友達のようす。

以上、簡単ですが池谷のぶえさんの出身校についてでした。

 

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