女優の寺島しのぶさんは、2007年にフランス人のローラン・グナシアさんと結婚していますが、旦那はアートディレクターをしているそうです。
そんな2人の馴れ初めや、ローランさんの年齢や、子連れで再婚だったことなどを紹介します。
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目次
寺島しのぶの旦那はフランス人のローラン・グナシア!
ローラン・グナシアさんはアートディレクター
ローラン・グナシアさんの年齢は?
寺島しのぶの旦那・ローランは連れ子がいて再婚?
寺島しのぶとローランの馴れ初めは一目惚れからのスピード婚だった!
まとめ:寺島しのぶの旦那・ローランは連れ子がいて再婚?一目惚れからのスピード婚だった!
寺島しのぶの旦那はフランス人のローラン・グナシア!
寺島しのぶ 旦那
引用:東京カレンダー
日本の代表的女優である寺島しのぶさんですが、彼女の父親は歌舞伎役者の七代目、尾上菊五郎さんです。
また、母親は大女優である寺島純子(富司純子)さんです。
そんな芸能一家の元に生まれた寺島しのぶさんですが、2007年にフランス人のローラン・グナシアさんと結婚しています。
見るからに優しそうでカッコいい男性ですよね!
ローラン・グナシアさんはアートディレクター
寺島しのぶ 旦那
引用:新じいの徒然なるままに
寺島しのぶさんの夫であるローラン・グナシアさんはフランスのトゥールーズ出身で、職業はアートディレクターです。
もともとは金融業のエリートだったそうですが、金融会社を退職してアートディレクターになったそうです。
現在(2022年10月)は、主に一流ブランドから頼まれてセレブリティを招くパーティーを主催するイベント・企画プロデュースの仕事をしています。
せっかく金融業のエリートだったのに、どうしてわざわざ退職してまでアートディレクターになったのかは不明ですが、どうしてもやりたかった仕事だったのかもしれませんね。
寺島しのぶ 旦那
引用:WWD
ローラン・グナシアさんの年齢は?
ローラン・グナシアさんの誕生日は1967年12月28日で、年齢は55歳(2022年現在)です。
しかも、寺島しのぶさんも同じ12月28日が誕生日だそうですから、何か運命的なものもあるのかもしれません。
ちなみに寺島しのぶさんは1972年生まれですので、5歳差のご夫婦ということになります。
2人は、毎年誕生日には友人を招いて、昼から夜までシャンパンパーティーをするそうです。
2人は、「ローラン」、「しのぶ」と呼び合うそうで、子供がいても「パパ」「ママ」とは呼ばずに、名前を呼び合うのは素敵ですよね。
そして、2人はいつも腕を組んでいる姿にラブラブな様子が伺えて、ほんとにうらやましいです。
寺島しのぶの旦那・ローランは連れ子がいて再婚?
寺島しのぶ 旦那
引用:グレイプ
寺島しのぶさんの旦那であるローランさんは、再婚で子連れだそうですが、本当なのでしょうか?
旦那のローラン・グナシアさんは、今は寺島しのぶさんと結婚して幸せそうなのですが、実は事実婚だった前妻がいました。
また、前妻との間にはクレオという娘がいます。
こちらの写真はクレオさんが寺島しのぶさんの息子・寺嶋眞秀(てらじま まほろ)くんを抱っこしている写真です。
寺島しのぶ 旦那
引用:https://a-petits-pas.net/contents/column/archives/2013/08/page/2
2人は兄弟ということになりますね!
寺島しのぶさんと出会ったのは、ローランさんと前妻が離婚した後ですから、寺島しのぶさんとの関係で離婚したのではないようですね。
また、フランスでは離婚したときに子供の親権は、基本的には共同で親権を持つそうです。
寺島しのぶ 旦那
引用:スポニチ
その辺は日本とは違うようですね。
娘のクレオさんは、前妻のいるフランスで生活をしていますが、日本や父親のことが好きで、よく日本に来て東京の自宅に滞在していたといいます。
そんなクレオさんですから、父親と寺島しのぶさんとの結婚をよろこんでいたようです。
しかし、2011年3月11日の東日本大震災によって、クレオさんは日本に来ることができなくなってしまいました。
寺島しのぶ 旦那
引用:CNN.co.jp
というのが、震災後はフランスにいる母親が、日本に行くことを許してもらえなくなったからです。
震災後のフランス政府は、日本にいるフランス人に対して帰国勧告を出していたと言われ、それだけ放射能のことが心配だったのでしょう。
母親の気持ちも分かる気がしますよね。
ただ、クレオさんは日本に行きたかったし、父親のローランさんも寺島しのぶさんも日本にきてほしかったそうです。
寺島しのぶ 旦那
引用:週刊女性PRIME
そして、娘が日本に来る話は、2012年の年明けまでもつれ、フランスで裁判にまで発展してしまいました。
それだけ、前妻である母親とローランさんの意見が対立していたということですね。
ローランさんは、「クレオさんが日本に来ることを許してほしいし、日本は放射能で危険な国ではない」と言い、前妻は日本がチェルノブイリのように放射能で危険な国だと誤解し、正確な情報を得ていないと主張しました。
寺島しのぶさんは、2012年9月に長男を出産し、家族が増えたことに喜びを感じている反面、クレオがいない寂しさを感じていたそうです。
寺島しのぶ 旦那
引用:ウートピ
そんなことからも、クレオさんと寺島しのぶさん夫婦との関係は、よほど親密だったことがうかがえますね。
放射能裁判は、一度は裁判で却下されましたから、なかなか覆すことができなかったものの、裁判で訴え続けたローランさんと寺島しのぶさんでした。
寺島しのぶ 旦那
引用:https://a-petits-pas.net/contents/column/archives/2013/08/page/2
そして、2013年8月には長かった放射能裁判を経て、訴えが認められて勝利することができ、娘を取り戻すことができたそうです。
クレオさんにしても、大好きなローランさんと寺島さんのいる日本に来ることができるようになって嬉しかったでしょう。
寺島しのぶとローランの馴れ初めは一目惚れからのスピード婚だった!
寺島しのぶ 旦那
引用:スポニチ
寺島しのぶさんとローラン・グナシアさんとの馴れ初めは、映画祭のパーティーで出会ったことからでした。
寺島しのぶさんは、もともとパーティーが好きではなく、乗り気ではなかったのだそうですが、初めてパーティー会場でローランさんを見たとき、すぐに「この人と結婚する」と思ったそうです。
そんな運命的なものを感じた寺島しのぶさんは、フランス語を全く話せなかったのですが、ローランさんに猛烈にアタックをし、交際することになりました。
しかし、付き合いだしても、しばらくはローランさんの方から「I love you」と言ってくれなかったそうです。
寺島しのぶ 旦那
引用:クランクイン!
そして、その理由を寺島しのぶさんが尋ねると、「I love you」ではなく「I like you」なんだと答えたそうです。
その答えに、寺島しのぶさんはその正直なところに更に惹かれたといいます。
2人はよく千葉県の九十九里浜に行くそうですが、プロポーズの言葉も九十九里浜だったそうです。
そのとき、ローランさんは砂の上に「Will you marry me(結婚してください)」と書いてプロポーズしました。
とってもお洒落なプロポーズですよね!
寺島しのぶ 旦那
引用:mixiニュース
そして、プロポーズされた寺島しのぶさんは、とても嬉しかったでしょう。
2人の結婚は、寺島しのぶさんからの一目惚れで、スピード婚だったことが分かりました。
ローラン・グナシアさんは、寺島しのぶさんの父親である七代目尾上菊五郎さんに会うため、一生懸命に日本語を練習したそうです。
ただ、実際に尾上菊五郎さんに会ったとき、お酒が入っていることもあって、父親に「お父さん、しのぶさんと結婚してください」と間違った日本語を言ってしまったそうです。
そして、ローランさんの言葉に、その場がいっきに和やかなムードになったそうです。
まとめ:寺島しのぶの旦那・ローランは連れ子がいて再婚?一目惚れからのスピード婚だった!
今回は、寺島しのぶさんの旦那がフランス人のローラン・グナシアさんであること、ローランさんが再婚で子連れだったこと、2人の馴れ初めなどを紹介しました。
・寺島しのぶさんの旦那はローラン・グナシアさん
・2人の馴れ初めはパーティー会場だった
・寺島しのぶさんの一目惚れからのスピード婚だった
・旦那は再婚で子連れだった
寺島しのぶさんとローラン・グナシアはいつも仲が良さそうですね!!
寺島しのぶの弟は尾上菊之助
寺島しのぶさんの弟さんは、五代目尾上菊之助さんです。
五代目尾上菊之助さんは、1984年2月の東京・歌舞伎座『絵本牛若丸』の牛若丸で六代目尾上丑之助を襲名し初舞台を踏み、1996年5月の歌舞伎座『弁天娘女男白浪』の弁天小僧ほかで五代目尾上菊之助を襲名しました。
2000年には歌舞伎座『源氏物語』で紫の上をつとめ大人気となり、七代目市川新之助さん、二代目尾上辰之助さんと「平成の三之助」と呼ばれ、新たな歌舞伎ブームを起こしました。
2011年に『摂州合邦辻』通し狂言で読売演劇大賞優秀男優賞を受賞、2021年にはNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』に出演しました。
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寺島しのぶの母親は富司純子
寺島しのぶさんのお母さんは、女優の富司純子さんです。
富司純子さんは1962年に歌謡番組『ハイハイ、マヒナです』のカバーガールを務め、1963年の映画『八州遊侠伝 男の盃』で女優デビューしました。
1996年には『祇園の姉妹』で菊田一夫演劇賞を受賞、2000年に発表された『キネマ旬報』の「20世紀の映画スター・女優編」では日本女優の10位になり、2014年発表の『オールタイム・ベスト 日本映画男優・女優』では日本女優3位となりました。
2006年、映画『フラガール』で日刊スポーツ映画大賞助演女優賞を受賞、2010年には連続テレビ小説『てっぱん』で主人公の祖母役を演じ、ギャラクシー賞2011年度2月月間賞を獲得しています。
寺島しのぶの父親は尾上菊五郎
寺島しのぶさんのお父さんは、七代目尾上菊五郎さんです。
七代目尾上菊五郎さんは、1948年4月に新橋演舞場『助六曲輪菊』の禿で五代目尾上丑之助を襲名して初舞台を踏み、1965年5月の歌舞伎座『寿曽我対面』の十郎ほかで四代目尾上菊之助を襲名しました。
六代目市川新之助さんと初代尾上辰之助さんと共に「三之助ブーム」を起こし、1966年には大河ドラマ『源義経』で当時最年少で主演を務めました。
1973年10月~11月の歌舞伎座『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助、『京鹿子娘道成寺』白拍子花子ほかで七代目尾上菊五郎を襲名、2003年には人間国宝に認定されています。
寺島しのぶの実家
寺島しのぶさんは、京都府で生まれ東京都で育ちました。
現在実家は東京都内の一等地にあるとのことですが、詳しい場所は公表されていません。
お父さんは有名歌舞伎役者ということもあり、かなりの豪邸だと噂されています。
寺島しのぶの生い立ち
1972年12月28日、歌舞伎一家に誕生した寺島しのぶさんは幼い頃から歌舞伎役者を目指していました。
しかし女性が歌舞伎役者になれないことを知り、幼い頃は伝統ある音羽屋の後継者として周囲の期待を一身に背負う弟さんのことが羨ましく、弟さんの初舞台をきっかけにそれまで続けてきた稽古事を辞めて自分の部屋に引きこもるようになったそうです。
子役であれば女性でも舞台に立てたものの、寺島しのぶさんは自分から舞台に立ちたいと言い出せない性格で、お父さんからも舞台出演について何も言われなかったため舞台に立つことはありませんでした。
学生時代は「自分は歌舞伎の舞台に立てない」という挫折感から自身を守るために部活に没頭、「歌舞伎役者は無理でも、演じる仕事をしたい」と思い続けていたものの、誰に打ち明けることも出来ませんでした。
そんな寺島しのぶさんに声をかけたのは、お父さんと舞台で共演した太地喜和子さんで、太地喜和子さんの勧めをきっかけに文学座に入り、女優の道を歩き始めました。
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寺島しのぶの家系図がすごい!
寺島しのぶさんの父方の祖父は七代目尾上梅幸さん、曽祖父は六代目尾上菊五郎さん、大叔父には二代目尾上九朗右衛門さん、二代目大川橋蔵さんです。
母方の祖父は東映のプロデューサー・俊藤浩滋さん、従兄弟は俳優の俊藤光利さんになります。
六代目中村勘九郎さん、二代目中村七之助さん、二代目尾上右近さんは、寺島しのぶさんの祖父と中村勘九郎さん・七之助さんの祖母と尾上右近さんの祖母同士が兄妹のため、父方の再従兄弟という形になります。
他にも十二代目市川團十郎さん、四代目尾上松緑さん、萬屋錦之介さん、二代目中村獅童さん、九代目中村福助さん、八代目中村芝翫さん、前田愛さん、三田寛子さん、鶴田浩二さんらが親戚関係になるそうですよ。
幼馴染である十一代目市川海老蔵さんは、寺島しのぶさんの弟である尾上菊之助さんが二代目中村吉右衛門さんの四女(海老蔵さんと再従兄弟)と結婚したため、親戚になりました。
まとめ
幼い頃になりたかった歌舞伎役者にはなることが出来なかった寺島しのぶさんですが、女優としてお父さんや弟さんに負けないくらいの活躍をしています。
これからも歩む道は異なりますが、それぞれの道で輝き続けてほしいと思います。